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2013-08-06 [火] ご無沙汰。

_ 風立ちぬを鑑賞した。

良い作品だと思うし、感銘は受けた。ただ少々気になったのは、対立軸が不明瞭で、各種の描写が宮崎駿氏のリアリティに偏り過ぎていることである。以下、思ったことをずらずらと書くが、ネタバレするし酷評もするので風立ちぬが好きな人は読まないことをおすすめするし、まだ見てない人は作品鑑賞後に見た方が良いと思う。

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個人的には、棒読みに関してはそこまで気にならなかった。ただ、主人公の感情の抑揚が隠蔽されたストーリーとなっていて、航空機に関する夢以外は、淡々としすぎてて共感しづらいことは気になった。

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航空機への夢の見せ方は、良かった。物資も少なく、技術的にも後進だった時代に、強い夢を原動力として至高の航空機を生み出していく技師の姿は、リアルに描かれているように感じた。鯖の骨がNACAだとか、接合部の構造だとか、航空機に詳しい人向けのネタもしっかりしているし、なかなか楽しめた。また、主人公が、必死でドイツの資料を読み込む過程で、航空機や設計者との対話を夢で見るほどまでに入れ込んでいたことは、ありそうな話だと思う。その思いが、短時間ながらも美しい映像で存分に表現されていたと思う。

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しかし、その対立軸にあるはずの戦争の現実については、弾すら発射しない編隊飛行のシーンだとか、空襲で燃える町の遠景だとか、いまいち要領を得ない表現に留まっていた。優秀な兵器設計技師でもあったはずである主人公が、ただキレイな飛行機が作りたかっただけだと云って、兵器を作ることに対する葛藤の片鱗を見せることもなく、清廉潔白な好青年に収まっているのは、戦争に係る人間をある程度写実的に描いた作品の人物としては、理想化され過ぎていてリアリティに欠けるように思える。

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また、あの時代の若き優秀な戦闘機設計者ならば、米英の航空機設計者をおぼろげながらライバルと認識して、それに勝つ事を考えていたのが自然であると思うが、どこと戦争するんだろうといった当事者意識の無さもまた、無色の違和感を形成している。

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ただ、技術者や創造者の、現実へのリアリティの欠如というか、想像力の限界を描いたと言うのなら、その試みはある程度成功していると見ることもできる。それは、どのような兵器や作品の創造の際にも避けられない話ではある。特に戦争という極限までに非対称的な状況においては、参加する行為と引き起こされる現実との乖離が、意図的に作られていくということこそが、私たち個人が意識的に対峙していかなければならない問題なのかもしれない。

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創造に伴う犠牲に対する贖罪もテーマのひとつであったと思うが、この軸もやや弱い。

戦争のシーンが希薄でありながら、国を滅ぼしたというセリフもある。しかしストーリーはサラリと流れて、菜穂子の話に繋がってゆく。

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国を滅ぼすといった過大な責任を個人にかぶせる言い方も気になったのだが、戦争といった大きなことに加担したことの反省として、パーソナルな赦しを導入し、自分が生きなければならないといった個人的な結論を持ち出してくることに特に違和感を持った。そのような個人レベルの言い訳なら誰もが持っているだろう。それらが全体として戦争という状況を形成したことにこそ向き合わなければ、「生きねば」と個人的に思った人々同士の戦争参加が正当化されたまま宙に浮くことになってしまうし、実際そうなってしまっているように思える。ただこの作品の主題は戦争ではなく、原罪を抱えた人間の生の肯定がテーマだと言うのなら、そのメッセージは理解できる。

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その菜穂子にしても、創造行為の重い犠牲でありながら、ただけなげではかない彩りとしての存在に留まってしまっている。たとえば、療養所から抜け出してまでも主人公の所に戻って来たのに、最後の選択として療養所に戻ってしまっている。その心情は、作品の肝であるはずであるにも関わらず、他者の推察としてのみ描かれており、これまたサラリとしすぎている。さらに、彼女が「生きて」と言ったのは夢の中であるため、主人公(というか宮崎駿)が勝手に夢を見て許された気になっているパターンにすら思える。製作者や創造者には、ある種のこういった身勝手さがあるものだということを図らずも描いていると捉えることもできるが。

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全体として、航空機に関しては夢も交えてかなり細かく描いているのに対して、戦争や、菜穂子の結核や、当時の日本の状況に関するリアリティが希薄で、どうにもアンバランスな作品となっているように感じられた。実在の人物に関する小説から、宮崎氏が心を動かされるモチーフを取り出して繋ぎ合わせた結果、対象へのリアリティの粒度の差がそのまま作品に表れているような印象だ。この意味で、正直で素直な作品であるとも言える。だいたい人間の認識なんて、アンバランスの塊なのだから、それを思い切って見せてくれたと見ることもできる。

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美しければ許されるのか、愛した人に許されたと思うことができればそれでいいのか。

そうではないなら何を基準とすれば良く、私は当事者としては何をしていけば良いのか。

難しい問いではあるが、考えさせられるという意味で良い作品だと思う。


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